メルクマニュアル18版 日本語版
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はじめに

肝臓は代謝的に最も複雑な臓器である。肝細胞(肝実質細胞)は肝臓の代謝機能を担っている:胆汁の生成および排泄;炭水化物のホメオスタシスの調節;脂肪産生や血漿リポ蛋白の分泌;コレステロール代謝の調節;尿素,血清アルブミン,凝固因子,酵素,ならびにその他多くの蛋白の産生;薬物やその他の外来物質の代謝あるいは解毒などがある。

細胞レベルでは,隣り合って平行に走る胆管,門脈,および肝動脈の終枝が門脈三角を形成しており,これらは肝細胞と隣接している(肝疾患がある患者へのアプローチ: 肝臓の組織。図 1: イラスト参照)。肝静脈の終枝は肝小葉の中心部に位置する。血液は門脈三角から肝細胞を通り静脈枝を介して小葉の中心部に注ぎ込むため,小葉の中心部は最も虚血に陥りやすい。

図 1

肝臓の組織。

肝臓の組織。

肝臓は肝静脈の終枝を取り囲む小葉から成る。小葉間には門脈三角が存在する。それぞれに胆管,門脈,および肝動脈が含まれる。

肝障害は,感染症,薬剤,毒素,虚血,および自己免疫疾患などを含む様々な損傷によって起こる。ときに肝障害は術後に起こる(肝疾患がある患者へのアプローチ: 術後の肝機能障害を参照 囲み解説 1: 囲み解説)。ほとんどの肝障害はある程度の肝細胞障害および壊死を引き起こし,様々な臨床検査結果の異常,そしてときには発症につながる。症状は肝疾患そのものによる場合(例,急性肝炎による黄疸)と,肝疾患に伴う合併症による場合(例,肝硬変および門脈圧亢進による急性消化管出血)がある。

囲み解説 1

術後の肝機能障害

軽度の肝機能障害は,肝疾患の病歴がなくてもときとして大手術の後に発生することがある。通常この機能障害は肝虚血または十分に解明されていない麻酔作用によって起こる。代償能のある肝疾患(例,肝機能が正常な肝硬変)が既に存在する患者は通常外科手術に十分耐えうる。しかし,外科手術によって既存の肝疾患が悪化することもある;例,ウイルス性またはアルコール性肝炎の患者では,開腹手術によって急性肝不全に陥ることがある。

術後黄疸:術後黄疸の診断には肝臓の臨床検査が必要である。症状のタイミングも診断に役立つ。

多因性の混合型高ビリルビン血症は術後黄疸の最も多い原因である。これはビリルビン生成の増加および肝クリアランスの低下によって起こる。これは多数回の輸血を必要とする大手術または外傷の後に最もしばしば起こる。溶血,敗血症,血腫の吸収,および輸血はビリルビン負荷を増大させる;同時に,低酸素症,肝虚血,その他の不明な要素も肝機能を低下させる。このような状態は術後数日間が通常最も顕著である。肝機能不全はまれで,高ビリルビン血症はゆっくりではあるが完全に消失するのが典型的である。肝臨床検査は多因性の混合型高ビリルビン血症と肝炎をしばしば鑑別できる;多因性の混合型高ビリルビン血症では, 重度の高ビリルビン血症に軽度のアミノトランスフェラーゼおよびアルカリホスファターゼの上昇を伴うことが多い。肝炎では,通常アミノトランスフェラーゼ値が極めて高い。

虚血性の術後“肝炎”は,炎症によってではなく肝灌流の不足によって起こる。原因は術中の一時的な低血圧または低酸素である。典型的に,アミノトランスフェラーゼ値は急速に上昇するが(しばしば1000単位/Lを超える),ビリルビンは軽度にのみ上昇する。虚血性肝炎は術後2〜3日以内で通常最も顕著であるが,数日以内に消失する。

ハロタン関連肝炎はハロタンまたは関連する薬剤を含む麻酔が原因で生じる。これは通常2週間以内に発現し,しばしば発熱が先行し,ときに皮膚の発疹および好酸球増加を伴う。

現在では真の術後肝炎はまれである。以前は主に輸血によるC型肝炎ウイルス感染が原因であった。

術後の胆汁うっ滞:術後の胆汁うっ滞の主な原因としては,腹腔内の合併症による胆管閉塞または術後に投与する薬剤などがある。肝内胆汁うっ滞は,特に腹部または心血管系の手術を行った場合に起こることがある(良性の術後肝内胆汁うっ滞)。病因は不明であるが,通常ゆっくりと自然に消失する。ときに,急性無石胆嚢炎または膵炎が術後胆汁うっ滞の原因となる。

壊死が生じても肝臓は自己再生できる。広範囲に及ぶ斑状壊死でも完全に治癒する(例,急性ウイルス性肝炎)。しかしながら,小葉全体をつなぐような損傷,または顕著ではなくとも進行性の障害により不完全な再生や線維症が生じることがある。

特異的な疾患は肝胆道系の特定部位を選択的に障害する(例,急性ウイルス性肝炎では主に肝細胞の損傷または肝細胞障害が現れ;原発性胆汁性肝硬変では胆汁の排泄障害により;および突発性肝硬変は肝線維症とその結果として生じる門脈圧亢進症による)。肝胆道系の障害部位によって症状,徴候,および検査異常が左右される(肝疾患および胆道系疾患に対する検査も参照 )。一部の疾患(例,重度のアルコール性肝疾患)は肝臓の複数の構造に影響を与え,症状,徴候,および検査異常におけるパターンの組み合わせができる。

高齢者は重度の生理的ストレスから回復する能力が低く,毒物の蓄積に耐えられないため,重篤な合併症を生じた場合の予後は悪い。

病歴

非特異的な症状として,倦怠感,食欲不振,悪心,また特に重度の疾患ではときに嘔吐がみられる。軟らかい脂肪性の便(脂肪便)は,胆汁うっ滞により十分量の胆汁が腸管へ到達しない場合にみられる。発熱はウイルス性またはアルコール性肝炎で生じることがある。

黄疸は肝細胞機能不全および胆汁うっ滞性疾患の両者で認められ,最も特異的な症状である。これはしばしば暗色尿と明色便を伴う。肝障害による右上腹部痛は,通常肝被膜の膨満または炎症を示唆する(例,受動性静脈性うっ血,炎症,または腫瘍による)。ときに,勃起機能不全および女性化が生じる;これらは肝障害よりもアルコールの影響を反映することがある。

肝障害の危険因子としては,アルコール,特定の薬剤(処方薬および一般医薬品)および漢方薬,その他の肝毒素が挙げられる。これらの因子に加え,肝炎の危険因子として感染性暴露,甲殻類,針穿刺,非経口薬の使用,刺青,ボディーピアス,また特に1992年以前では輸血が挙げられる。家族歴は,ヘモクロマトーシス,ウィルソン病,およびα1-アンチトリプシン欠損症などの疾患を示唆することがある。

身体診察

通常,病期の末期まで身体診察上の異常は認められない。

肝臓の異常: 体重に対する肝臓の肥大化は,触診にて肝腫大を触知できる。これは急性肝炎,脂肪肝,アルコール性肝疾患,受動性静脈性うっ血,(嚢胞または実質への)肝出血,転移癌,または胆管閉塞を示唆する。触知可能な腫瘤は癌を示唆する。肝硬変では,肝臓が硬くなり,不規則な形で鈍縁を呈する;個々の小結節が触知できることはまれである。

圧痛は急性肝炎,受動性うっ血,肝出血,および癌で起こる。患者の不安のため,肝臓の圧痛は過大評価されがちである。肝臓の真の圧痛(深部の痛み)は打診または肋間の圧迫により最も誘発できる。ときに,重度の疼痛および圧痛は腹膜炎に似ている。

肝臓の聴診で摩擦音または異常音が聴取されることはまれだが,この場合腫瘍が示唆される。

その他の異常: 腹部膨満,濁音界の移動,および波動感は腹水を示唆する。腹部大静脈の拡張や脾腫が明瞭に認められる場合,門脈圧亢進症を示唆することもある。アステリクシス(羽ばたき振戦),嗜眠,錯乱,および肝性口臭は門脈-体循環性肝性脳症を示唆する。肝硬変体型(すなわち,四肢の衰弱,腹部の膨隆)はしばしば進行した肝硬変を示唆する。男性では精巣萎縮,女性化乳房,勃起不全,および女性体質が一般的で,特にアルコール性肝硬変で多く,肝機能障害よりも飲酒が原因となることが多い。

皮膚の異常としてくも状血管腫および手掌紅斑などが挙げられる。肝硬変患者のばち状指は進行した門脈体循環シャントを示唆する。くすんだ皮膚色素沈着,持続的なそう痒による掻き傷,および皮膚への脂質沈着(黄色板症または黄色腫)は慢性の胆汁うっ滞を示唆する。皮膚がスレートグレー(やや青みがかった濃灰色)またはブロンズ色の場合,鉄やメラニンの沈着した血色素症を示唆する。

最終改訂月 2005年11月

最終更新月 2005年11月

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