メルクマニュアル18版 日本語版
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大動脈弁狭窄

Paul H. Tanser, MD

大動脈弁狭窄(AS)は,収縮期における左室から上行大動脈への血流を妨げる,大動脈弁の狭窄である。原因には,先天性二尖弁,石灰化を伴う特発性の変性硬化,リウマチ熱がある。未治療の進行性ASは最終的には失神,狭心症,労作性呼吸困難の古典的三徴をもたらす;心不全および不整脈が生じることもある。振幅が小さく立ち上がりの遅い頸動脈の脈拍および漸増-漸減性の駆出性雑音が特徴的である。診断は身体診察および心エコー検査により行う。無症候性ASはしばしば治療を必要としない。小児における進行性の重度ASまたは症候性ASには,バルーン弁切開術が用いられる;成人には弁置換術が必要である。

病因と病態生理

大動脈硬化,すなわち最初は狭窄を伴わない線維化および石灰化による大動脈弁の構造の肥厚が,高齢患者におけるASの最も一般的な原因であり,15%もの患者において長年の間に大動脈の硬化が狭窄に進行する。大動脈硬化は,手術を要するASの最も一般的な総合的原因でもある。大動脈硬化はアテローム硬化に似てリポ蛋白の沈着,活動性の炎症,弁の石灰化を伴い,危険因子も同様である(動脈硬化: 危険因子を参照 )。

70歳未満の患者におけるASの最も一般的な原因は先天性大動脈二尖弁である。先天性ASは出生の3〜5/1000に起こり,男性のほうが多く罹患する。

開発途上国では全ての年齢層においてリウマチ熱が最も一般的な原因である。バルサルバ洞の真上において孤立した先天性の膜または低形成型の狭窄により引き起こされる弁上ASはまれである。散発型の弁上ASは特有の顔貌(高く幅広い額,両眼隔離,斜視,上を向いた鼻,長い人中,幅広い口,歯の異常,膨れた頬,小顎症,低い位置についた耳)と関連する。この形態は,乳児期特発性高カルシウム血症と関連するとき,ウィリアムズ症候群として知られる。大動脈弁直下において先天性の膜または線維性の輪により引き起こされる弁下ASはまれである。

大動脈弁閉鎖不全がASを伴うことがあり,重大なASを有する60歳を超える患者の約60%は僧帽弁輪部石灰化も有し,これは重大な僧帽弁逆流を来しうる。

ASに反応して左室(LV)が次第に肥大する。重大な左室肥大は拡張機能不全を引き起こし,進行すると収縮力の低下,虚血,線維化を来すことがあり,このうちのいずれも収縮機能不全および心不全(HF)を引き起こしうる。左室腔の拡大は心筋が損傷を受けた(例,梗塞により)場合にのみ起こる。AS患者では,狭窄弁のずれ応力の増大によって,多量体のフォン・ヴィルブラント因子が血漿中の金属プロテアーゼによる切断を受けやすくなり,血小板のクリアランスが上昇するため,消化管およびその他の出血の発生率が高くなる(Heyde症候群と呼ばれる)。消化管出血は血管形成異常により起こることもある。溶血および大動脈解離もより一般的である。

症状と徴候

先天性ASは通常,少なくとも10〜20歳までは無症状であり,この頃に症状が潜行性に生じ始める。未治療の全ての形態の進行性ASは最終的に労作性失神,狭心症,呼吸困難(SAD三徴)をもたらす。他の症状と徴候には,突然死を来す心室細動を含む,心不全および不整脈の症状と徴候がある。

労作性失神は,心拍出量が身体活動の需要を満たすほど増加できないため起こる。非労作性失神は圧受容体の反応の変化または心室細動の結果起こる。労作性狭心症は患者の約2/3に生じる;約1/2は重大な冠動脈アテローム硬化を有し,1/2は冠動脈は正常だが左室肥大により誘発された虚血を有する。

ASの可視的な徴候はない。触知可能な徴候には,左室収縮と比較して振幅が小さく遅い頸動脈および末梢の脈拍(弱い遅脈)ならびに左室肥大のために持続する左室拍動(第1心音[S1]に伴う突出および第2心音[S2]に伴う弛緩)がある。左室拍動は,収縮機能不全による心不全が起こらない限り偏位しない。重症例では,心尖部で最もよく感じられる触知可能な第4心音(S4),およびASの雑音に対応し胸骨左縁上部で最もよく感じられる収縮期振戦がときに存在する。収縮期血圧は軽度または中等度のASでは高く,ASがより重度になると低下する。

聴診では,S1は正常であり,S2の大動脈弁成分(A2)と肺動脈弁成分(P2)の融合を伴い大動脈弁の閉鎖が遅れるため,または重症例ではA2がないために,S2は単一である。重症度が増すにつれS1とS2は減弱し,最終的には消失することもある。S4が聴取されることもある。先天性二尖弁ASを有する患者では,弁尖が硬いが完全に不動ではないときに,S1後早期に駆出性クリックが聴取されることもある。動的な手技によりクリックは変化しない。

特徴的所見は,起座位の患者が前かがみになるときに胸骨左縁上部において聴診器のダイアフラムにより最もよく聴かれる,漸増-漸減性の駆出性雑音である。この雑音は典型的には右鎖骨および両側頸動脈(しばしば右よりも左が大きい)に放散し,不快な,耳ざわりな性質を有する。しかし高齢患者では,石灰化した大動脈弁尖の未融合の弁尖の振動が,より大きく高調の“ハトの鳴くような”または楽音様の音を心尖部に伝え,胸骨傍では音が小さくなるか認められず(ガラヴァルダン現象),そのために僧帽弁逆流に似る。狭窄がそれほど重度でないとき雑音は弱く,狭窄が進行するに従い大きくなり,狭窄がより重度になるに従い長くなり収縮期のより後期に音量がピークに達する(すなわち漸増期が長くなり漸減期が短くなる)。危機的なASで左室収縮力が低下すると雑音は小さくなり,死亡の前に消失することがある。

ASの雑音は典型的には左室容量を増大させる手技(例,脚の挙上,蹲踞,バルサルバ手技の解除,心室性期外収縮の後)により増大し,左室容量を減少させる手技(バルサルバ手技)または後負荷を増大させる手技(等尺性ハンドグリップ)により減弱する。肥大型心筋症の雑音がASの雑音に似ることがあるが,これらの動的な手技は肥大型心筋症の雑音に対して反対の作用を有する。

診断

本症は臨床的に疑われ,心エコー検査により確定される。2-D経胸壁心エコー検査を用いて,狭窄した大動脈弁と可能性のある原因を明らかにし,左室肥大および拡張または収縮の機能不全を定量化し,併存する心臓弁膜異常(大動脈弁閉鎖不全,僧帽弁疾患)および合併症(例,心内膜炎)を発見する。ドプラ心エコー検査を用いて,大動脈弁口面積,ジェット速度,収縮期の弁前後の圧較差を測定することにより狭窄の程度を定量化する。

弁口面積が0.5〜1.0cm2または圧較差が45〜50mmHgを超えることは重度の狭窄を表し,面積が0.5cm2未満で圧較差が50mmHgを超えることは危機的な狭窄を表す。圧較差は大動脈弁閉鎖不全では過大評価,左室収縮機能不全では過小評価されることがある。弁の石灰化を伴い大動脈弁の流出速度が2〜2.5m/秒未満であることは,軽度ASよりもむしろ大動脈硬化を示す。大動脈弁硬化はしばしばASへと進行し,緊密なモニタリングを要する。

冠動脈疾患(CAD)が虚血の原因であるか否かを判断する,または臨床所見と心エコー検査所見の違いを解決するには,心臓カテーテル法が必要である。

心電図および胸部X線を得る。心電図は典型的には虚血によるSTおよびT波の波形を伴うまたは伴わない左室肥大の変化を示す。胸部X線所見には大動脈弁尖の石灰化および心不全の証拠がある。末期の収縮機能不全が起こっているのでない限り,左室のサイズは通常は正常である。

予後

ASは進行が遅いことも速いこともあり,したがって,座ることが多い高齢患者では特に,進行を発見するために定期的なフォローアップが必要である。そのような患者では,症状を誘発することなく血流が著しく損なわれることがある。

全体として,収縮機能が正常で無症状の患者のうち約3〜6%が,1年以内に症状または左室駆出率の低下を呈する。有害転帰(死亡または手術が必要な症状)の予測因子には,弁口面積が0.5cm2未満であること,大動脈のピーク速度が4m/秒を超えること,大動脈のピーク速度の上昇速度が速いこと(0.3m/秒/年を超える),中等度から重度の弁の石灰化があることなどがある。未治療の患者の平均生存期間は,狭心症発症後約5年,失神発症後4年,心不全発症後3年である。大動脈弁置換術は症状を軽減し,生存期間を改善する。冠動脈バイパスグラフト術(CABG)の同時実施が必要な患者および左室収縮機能が低下している患者では,手術に伴うリスクが増大する。

死亡の約50%は突然に起こる。したがって,危機的な大動脈弁前後の圧較差がある患者は,手術待機中は突然死を避けるため活動を制限すべきである。

大動脈硬化は心筋梗塞のリスクを40%上昇させるようであり,狭心症,心不全,脳卒中のリスクを上昇させる。その理由は,ASへの進行,異脂肪血症,内皮細胞機能不全,弁硬化や冠動脈疾患を引き起こす全身もしくは局所の炎症の併存である。

治療

収縮期の圧較差のピークが25mmHg以下で弁口面積が1.0cm2を超える無症状の患者では,死亡率が低く,2年以内に手術を必要とする総合リスクが低いので,圧較差および弁口面積を測定する心エコー検査により症状の変化を年1回評価するのが適切である。

圧較差が25〜50mmHgまたは弁口面積が1.0cm2 未満の無症状の患者では2年以内に症状が発現するリスクがより高く,管理には議論があるが,ほとんどの患者は待期的な弁置換術を受けるべきである。弁置換術は,重度の無症候性ASを有し主としてCABGを要する患者に適応となる。トレッドミル運動負荷試験中に低血圧になる患者;左室駆出率が50%未満の患者;中等度から重度の弁石灰化を有し,大動脈のピーク速度が4m/秒を超え,大動脈のピーク速度の進行速度が速い(0.3m/秒/年を超える)患者には手術が適応となる。心室性不整脈および重度の左室肥大を有する患者もしばしば手術のため照会されるが,利益はそれほど明確ではない。以上の適格条件のいずれにもあてはまらない患者に推奨されるのは,症状進行,左室肥大,圧較差,弁口面積をより頻回にモニタリングし,必要に応じ内科的管理を行うことである。内科的管理は,狭心症または拡張機能不全を有する患者において心拍数を減少させ,それによって冠動脈の血流と拡張期の充満を改善するβ遮断薬,および高齢患者において大動脈硬化によるASの進行を止めるスタチンにほぼ限られている。他の薬物は有害なことがある。前負荷を軽減する薬物(例,利尿薬)の使用は左室充満および心拍出量を低下させ,後負荷を軽減する薬物(例,ACE阻害薬)は低血圧を引き起こし冠動脈灌流を低下させうる。硝酸塩は狭心症に対する1つの選択肢であるが,閉塞の甚だしい心室は急激な血圧降下を代償できないため,速効性の硝酸塩は起立性低血圧およびまれに失神を誘発しうる。非代償性心不全患者において弁置換術前の数時間に後負荷を軽減する一時的な手段としてニトロプルシドが使用されているが,この薬物は速効性の硝酸塩と同じ作用を持ちうるため慎重に使用しなければならず,モニタリングが必要である。

症状のある患者は弁置換術またはバルーン弁切開術を受けるべきである。弁置換術は事実上,手術に耐えうる全員に適応となる。ときに患者自身の肺動脈弁が使用でき,最適な機能と耐久性が得られる;次に肺動脈弁を生体弁に置換する(ロス手術と呼ばれる)。二尖弁に顕著な大動脈弁閉鎖不全が併存する患者では,ときに大動脈弁を置換ではなく修復できる。適応となるならばCABGと弁置換術を同じ手術で実施できるように,冠動脈疾患の術前評価が適応となる。

バルーン弁切開術は先天性ASを有する小児および非常に若い成人において主に用いられる。それより高年齢の患者ではバルーン弁形成術は再狭窄,大動脈弁閉鎖不全,脳卒中,死亡を高率でもたらすが,手術待機中で血行動態的に不安定な患者および手術に耐えられない患者においては,過渡的な介入として適応となる。

最終改訂月 2007年3月

最終更新月 2005年11月

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